2008/08/09 -3
【聖書】テトスへの手紙1:3
1976年は日本の人口構造上一つの変化をもたらしたときでした。所謂戦後生まれが総人口の過半数となりました。1960年代東京・大阪・名古屋の三大都市の人口は全人口の32%ほどでしたが現在は50%に近づき、大都市人口集中化が加速されました。
住・職・余暇の場所の分離が進み繋ぐ交通手段が複雑化していきました。急速に都市化・産業化する社会の中で教会は宣教体制を問われてきました。校内暴力・家庭内暴力の急増が報道され教会学校の生徒数減少が各地で指摘されその傾向はやがて教勢にも影響し始めたようです。
しかし「教会の歩み(保谷教会年表/50年の歩み)」によると保谷教会では教会学校の生徒数が増え出席平均40名と言う勢いでした。元気いっぱいの子どもたちの憩いの場となり、神さまを礼拝し聖書に聞く心の養いの時であり自由なひと時です。教師陣の対応のご苦労と努力が偲ばれます。幼稚科担当は古川文江姉・小学科女子担当は岩月園子姉・小学科男子担当は天野宅司兄・中学科担当はナンシー姉の4名でした。「教会全体の責任で教会学校の充実を計るべきではないか」と積極的取り組みの姿勢を保谷教会30年記念誌は当時のことを記しています。
1981年は保谷教会が自給教会(第一種教会)として歩み始めて10年目「地域からの出席者が少しづつ増え保谷教会の質的な成長からみて喜ばしい。保谷教会は老人ホームという福祉施設と地域社会の接点で今後さまざまな宣教活動がこころみられねばなるまい」と改めて報告されています(30年記念誌)。
