2008/08/11 -4

【聖書】ローマの信徒への手紙15:4

 1995年「この年は、1月17日早朝阪神・淡路大震災が起こり、6000名の尊い人命が失われ、未曾有の大被害を生じた年で激震激動の一年であった。またオーム真理教の事件が示すような社会的・宗教的にも不安が続いた一年であった。(保谷教会50年の歩み)」。とあるように大勢の犠牲者が出た被災地の惨状が報じられました。直ちに全国から救出活動に加わったボランテアによる働きが始まりました。ルーテル教会では京都教会を拠点として活動が始まりました。
 この年「被災した神戸の地から岡部五郎兄・静子姉と坂本辰夫兄・英子姉のご夫妻が加わってくださり、この年のクリスマスには岡部夫妻が共に洗礼を受けられた。(保谷教会50年の歩み)」ことは私たちに大きな励ましとなりました。
 また1995年3月の地下鉄サリン事件には驚きと恐怖が走りました。1994年の松本サリン事件に次いでオウム真理教の熱狂的信徒集団の仕業と判明、教祖の逮捕・解散命令を経て1996年4月公判が始まりました。オウム真理教は1984年ヨガサークルとして始まり教団を組織して宗教法人となり「救済者」を名乗る新興集団です。1995年当時は出家信徒1400人、在家信徒一万人を越える勢いだったといいます。
 特異な集団が起こした特異な事件として報じられましたが、その集団が私たちの生きる社会の中に生まれ育っていたことは、私たちにとって実はとても深刻なことだったと思います。10年にわたる裁判は東京地裁による教祖に対する死刑判決で終わり東京高裁は裁判を打ち切りました。マスコミも触れるように「手続き論」で終わりオウムは総括することなく「終わり」改称してアーレフが「始まり」となりました。総括なき始まりとは何か問題性を引き摺ったままに来ていると思います。