2009/10/04 -1

【聖書】ルカによる福音書24:6

 「癒す」ということは「けがや病気を治すこと」という意味ですから、治らない状態で来られた患者さんが「癒されました」と言われたとき私自身違和感を感じていました。と淀川キリスト教病院名誉ホスピス長柏木哲夫先生は約30年前を振り返り言われました。しかし「癒す」という言葉は「長い間、手に入らなかったものを手に入れさせること」と言う意味もあることが分かり、患者さんが自分の「気持ちをわかってもらうこと」が長いこと手に入らなかったとのだいうことに気付いた、と放送で語っていました。(NHK「心の時代」)。
 以前紹介しましたが「病いの人にとって、もっとも辛いことは孤独であることです。先生はその孤独を私から取り除いてくださいました。たとえ病気は治らなくても、生きていることが楽しいと思えることがたくさんあるのだと、教えてくださいました」と綴られた安曇さんが残した手紙を読み、栗原先生は亡くなった安曇さんに「高度医療の及ばない、ただ今の自分にできることことをしただけだ」ということに自分が「癒し」を覚えたと(「神さまのカルテ」夏川草介)書いています。聖書で神さまが「わたしはある」とモーセに自己紹介し「世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と復活の主イエスが、ご昇天に際し約束された言葉に私たちは大きな「癒し」を思います。
 週の初めの日の明け方のことでした。神さまは、人が滅びることを見過ごしになさらず、救い主イエス・キリストの十字架の贖いと復活によって、命への道を開き回復してくださいました。その時、死んで葬られた主イエスさまの遺体の処置のため、香料をもって墓を訪れた婦人たちは「あの方は、ここにはおられない。復活なさった」という天使の告げる喜びのメッセージを聞きました。そして救い主イエスさまは、真にいつどこででも共にいてくださるという神の愛の事実に接し「癒され」喜びと感謝に満たされました。主イエスさまのご復活を喜び祝いたいと思います。