2010/10/05 -1
【聖書】コリントの信徒への手紙一14:11
保谷教会は1953年5月12日に、当時東京老人ホームの一室で守られていた集いが日本福音ルーテル保谷教会として組織されて誕生しました。1923年9月関東大震災後直ちに始まった日本福音ルーテル教会の救済活動から、1936年武蔵野の林に囲まれた現在地に移転した木造二階建てのホームでした。やがて信徒の群れが出来、地域に開かれた働きと施設として交流を深め、福音宣教の拠点として成長しようという思いがありました。その道程は2008年5月以降保谷教会のホームペイジに保谷教会の宣教史の一面として紹介して来た通りです。
やがて57年の保谷教会の誕生日となる5月12日を迎えますが、2008年5月このホームペイジのコラムは始まって100回のまる二年となりました。コラムは「聖徒の交わり」の広場/ネットとなって行けるか模索しています。成長する教会の道程と広く地域社会との関わりを思うからです。地域社会における「宗教の社会貢献活動」を調査している吉野航一・寺沢重法(北海道大学大学院文学研究科)はその視点について「普段の生活のつながり」「身近な世界」「宗教生活」という「分かる言葉」の視点が重要だと記していますが示唆を感じます。
「意味の分からない言葉」を語る人を「外国人」と使徒パウロは言っていますが、当時のギリシャ・ローマ社会から見た「よそ者」という感じでしょうか、親しい仲間内の所謂「うち者」だけで通じ合う集団に入ると、そうでない人々は何となく「よそ者」のような感じを持つのは当然です。使徒パウロは「分かる言葉」で語るよう勧めました。「普段の生活のつながり・身近な世界」に生きた言葉でイエス・キリストは神の国の福音を伝えられたのです。
