2010/10/11 -2
【聖書】マタイによる福音書9:22
「医師の話ではない。人間の話をしているのだ」。地域医療に携わる若い医師の栗原先生は「24時間365日」のネオンが心強く灯る信州の病院の内科医です。厳しい経営の中でスタッフの勤務環境は限界にきていますが、支える家族やスタッフの人間性や健康や家庭問題を漱石流のタッチで浮き彫りにしています。医療の手を超えたところで結ばれている人と人の絆に医学の及ばない目に見えない癒しを覚える姿は大きな示唆を与えます。「逝く人々をとどめることはできない。これは神の領分である。だが細君の声に、私は振り向くことができる。これは人の領分である」(夏川草介著「神さまのカルテ2」)。愛は無縁化する多忙さから隣人に「振り向く」ことではないでしょうか。
イエスの服に触れ救われた婦人のことを福音書は紹介しています。多くの医者にかかり12年間病苦に悩まされ疲れ果てた一人の婦人です。健康を、経済を、仲間を、そして時間を失った人がイエスの服に触れれば何とかなると思いつめた結果です。群集に囲まれた中の出来事です。気づかずに、いや面倒なことと、たいしたことではないと通り過ぎてもおかしくありません。が、群集の中に苦悩する婦人の行動にイエスは「振り向い」て目をとめました。あなたのやってることは迷信的だと批評するのでなく、優しく愛をもって受け止め救いに導かれたのです。挫折し、立ち止まり、行き悩んでも、振り返り救いに導く救い主イエス・キリストがいること、そしてわたしたちが隣人を振り返ることを促す主イエスの眼差しを覚えたいですね。
