2011/11/11 -1
【聖書】コリントの信徒への手紙一10:13
東日本大震災による東北、関東と広がる津波の爪痕、原発事故に、ただただ驚愕し災害の巨大さに呆然とした3・11は記憶に新しい。作家であり医師である加賀乙彦氏は「戦争中の都市爆撃の被害と残酷、広島・長崎の原子爆弾の巨大な被害と考えられる限りの苦しみと破壊、艦載機の銃撃を重ね、あの地獄の苦痛と、それに対する対策が後手後手で今度の大震災の被害によく似ている。」しかし「原発の破壊を復旧し、救命活動に励む献身的な人々の活躍には感動を覚え、ボランテアとして黙々と被害者のために働く人々の熱意に感動し、日本の未来には明るい希望があると思った」と言っていますが同感です。再建という希望が残ったのです。
ギタリストの村冶佳織さんは女子聖学院在学中、本格的音楽活動と学業の問題で真剣に悩んでいた時、当時校長の小倉義明先生から「神は乗り越えられる試練しか与えないんですよ」と聖書の一節を引用し目の前の困難を乗り越える大切さを教えてくださった。聖書と小倉先生のこの言葉は数年前右手の麻痺によりギターが弾けなくなり活動休止の苦悩の時にも耐え待ち、くじけない姿勢を貫く支えとなった」と「楽しい教室」(朝日新聞)に書いていましたが困難を乗り越える心は希望への扉を開くのですね。
「帰る家もどる巣ありて秋の暮」木内怜子。今年は数万人が「帰るべき故郷」や家を奪われたまま、心身にぬくもりがいる季節を迎える。国中が故郷になり家になり、被災者を支えたい。(「天声人語」朝日新聞)
