2008/08/09 -2

【聖書】テモテへの手紙一4:6

 地域教会として歩む保谷教会が自給を達成して7年、教勢の低下という課題に直面しました。「教会の伝道は人数の問題ではない」とも「伝道は人数に表れる」という意見もあります。教勢が問われる時、その教会の歴史や伝統や地域によって多少の凹凸はあるものの、概ね教会の総会員数の約半数が現住会員数で、その約半数が礼拝出席数(含求道者)だといわれてきました。それは教会の牧会領域と伝道領域の裾野がどうなっているかを考える上で注目されることだといえます。
 1970年度の礼拝出席平均58名から以後平均46名だった礼拝出席数が1977年度は41名と減少傾向が見えました。保谷教会ではその原因は「老人ホームからも地域からも礼拝参加者が多くないことが低下の原因」として「伝道意欲」を問い「教勢進展をを計る努力が足りなかった」と反省しました(保谷教会30年記念誌)。
 しかし保谷教会ではこの年、積極的な伝道計画が進められました。1)石田順朗牧師・鈴木浩牧師が11回の主日礼拝説教を担当。2)労働聖日を定め松隈頸兄・三五康子姉・木村猛兄がそれぞれ信仰に直面する問題の体験について語り。3)修養会が五日市で開催され「東教区信徒育成講座」を学びました。4)修養会の成果について「今回の修養会に参加して共に学ぶ機会が与えられ、共に語りあう機会が与えられ、共に祈る機会が与えられ、また信仰の友としてお互いを理解し話し合うことができた(古財武久兄:30年記念誌)。」と記しています。5)この年保谷教会誌「ひろば」が発行されました。
 次の節目に向かいつつあった保谷教会はみ言葉に養われ充実した歩みをする時だったといえます。第三の節目ともいえる新会堂建築計画が持ち上がり、1977年度保谷教会総会では先ず「改築積み立て」の開始を決議して将来に備えました。