2008/08/11 -3
【聖書】エレミヤ書23:23
「この世で出逢うすべての人とは、見えぬ糸でつながっている」。これは放映中のNHKの連続TVドラマ「だんだん」の主題曲の一節です。だれもがそうだなと思う言葉です。み言葉の宣教について改革者が「わたしが隣人に出会わざるをえないというのが、この地上におかれているわたしの状況だとすれば、わたしの存在の使命はこれらの人間関係に即して説かれ生きることだ」と言った言葉も身近に感じます。
隣人と私を取り巻く時代や社会環境と溢れる情報から受ける影響は、気がついた時には大きな流れとなって迫り押し流していきます。そこで隣人と出会わざるをえない私たちだから「聖書は福音の宣教によってわれわれに開かれ、われわれの前に広げられる(和協信条便概)11:13)」と言う言葉の射程の広さを感じます。
1994年「久しぶりに教会の修養会」が開かれました。記録によりますと1985年木村牧師の時代に奥多摩「福音の家」で持たれた一泊修養会以来のことです。当時会堂・牧師館建築計画が軌道に乗り、田中牧師を迎え建築計画の着手などの条件も重なり教会活動も修正せざるを得ない時期でした。1994年は5月の一日修養会と7月に教会学校と合同の一泊修養会が山中湖で開催されました。
5月の一日修養会は「キリストとの出会い」「信仰者としての体験」を主題に分断協議話し合いガもたれました。7月の一泊修養会では教会の年間主題「キリストによって成長」をテーマに礼拝・分断・交わりのときを持ちました。参加者は30名と報告されていますが実は教会の諸計画には全員が参加していると言う自覚が大切です。祈りによる参加もあり準備の奉仕にあたる参加や主題やテーマに思いを馳せ考える参加もあります。それぞれのところで皆が参加し恵みに与り共有し共に実りを感謝し成長に与るのです。
