2009/09/07 -2

【聖書】エレミヤ書6:16

 もし大きな鍋いっぱいに作られたカレーの味や成分を調べるとしたら、鍋全体のカレーを調べることはしません。スプーン一匙もあれば分析は可能だからです。よく、アンケート調査なども一部のサンプルを対象にしらべ全体の傾向や内容を調べます。国民の政治や生活意識の動向を知る参考資料もそうです。よく「民意」(広辞苑/人民の意思)と言ったりしますが、先に行われた都議選に際しても支持政党など共通した傾向が見えました。
 しかし。京都大学の佐藤卓巳先生(大衆文化論)は「民意」は「意見」と言うより「好き・嫌い」という基準や、その時々の情緒的気分に近く、主体がなく無責任な曖昧さの問題があると指摘しています。「意見は自分で考え他人と議論を重ね造りあげられる。だから「追従」でなく時間に耐えられる」と言うのですが傾聴すべき言葉だと思います。今日の政治世相といい「民意」的な傾向は身近なところにあるからです。
 私たちにとって第二次世界大戦の終結は、中国の同意を得て米英ソ三国首脳会談による無条件降伏を迫る「ポツダム宣言」を受託した天皇による終戦の詔勅にありました。軍国少年だった私は目標を失い、当時多くの人が思ったように真剣に「努力不足」を悔い「仇討ち」を誓ったものです。しかし、それどころではない戦後の厳しい生活が待っていました。
 1945年7月17日から8月2日にわたるポツダム会議による対日宣言を見たのは数年後のことでした。日本について「無条件降伏以外は滅亡あるのみ」という目をそらすわけにはいかない明確な主旨を見たことは衝撃でした。暑い夏が来ますと小さい時からの数々の楽しく、また苦く、懐かしい思い出の中にブラックホールのように開いた失望と、少なくともそれを踏み出す一歩を聖書に与えられた感謝を覚えます。