2009/09/12 -1
【聖書】哀歌3:22
繁っていた街路樹の葉が落ち初冬の風が冷たくなってきました。夏は涼しい木陰をつくり、心地よい緑の風を送ってくれましたが今は役目を終え、片隅に肩を寄せ合うようにしています。ご苦労様でしたと口にしながらふとO・ヘンリーの短編小説を思い出しました。クリスマスの時期にはよく読まれる「賢者のおくりもの」も心温まる物語で読者の心をほのぼのとした思いに誘います。その短編の中に「最後の一葉」というのがあります。
風邪をこじらせ肺炎を患い危険な病状の少女が寝ている部屋の窓から、むかいの家の壁に這う蔦が見えます。少女は次第に少なくなっていく蔦の葉を見ながら残された命の日を数え、最後の一葉に希望を託していました。少女の部屋の階下には25年前から生涯の傑作を残そうという老画家が住んでいました。雪混じりの冷たい風がふく寒い夜、明日は最後の一葉も無くなっていることでしょう。少女は寂しげにその一葉と共に別れる時を感じていました。
翌日の朝少女は窓から一枚の葉がしっかりと蔓について残っているのを見て生きる勇気が出ました。老画家はどこに出かけたのか梯子を動かし部屋にはランプが点り絵の具が散乱し、部屋の入り口に倒れて亡くなっていたのです。「最後の一葉」はどんなに冷たい風が吹き付けても吹雪いても決して落ちることなく窓から眺める少女に生きる勇気と希望を与え力つけました。最後の一葉は老画家の生涯の傑作となったのです。何かジンとくる作品です。
繰り返される虚しい戦いの後に廃墟となった街から嘆きの叫び声が木霊する中で朝を迎え「生きている」という感動を歌った一つが旧約聖書の「哀歌」にあります。「神さまの憐れみは決して尽きない。それは朝ごとに新たになる」とあります。互いに安否を問い、交わす挨拶のささやかなひと言の背後に神さまの慈しみと深い愛を覚えたのです。暗く冷たい風が身に滲みる昨今、私たちはなお人生の傑作としての「最後の一葉」を描く機会を恵みとして与えられているのではないでしょうか。
