2010/10/06 -2

【聖書】ヨエル書2:13

 日本という国家が明治の初め以来、政治にも経済にも学問・文化にも、すべて西欧先進国をモデルとする「近代化」を求め、まさに「普請中」を続けてきたのではないかと森鴎外は「普請中」という作品に書いています。普請が続くこと自体に問題があるわけではないであろう。だがその普請にいつまでも確かなめどがたたず、いたずらに普請が続くということが問題だ(「現代日本の生のゆくえ」宮島喬・島薗進編)とありました。総理大臣が一年たらずで次々に変わるのはどういうことなのでしょうか、なお続く「普請中」なのでしょうか問われる思いです。
 「普請中」から抜け出すヒントは善く生きようとする「自覚」から、他者そして社会・世界への「つながり」によって生きていること、生かされていることの「自覚」にあると村井実(慶応義塾大学名誉教授)は述べています。新約聖書で「自覚」を意味する言葉は原文では「良心」とも訳されている言葉で「共に知る・認める」という意味です。自分一人だけの知や思いや考えではなく、ある存在者(神)、他者と共に知る・認めるということです。内村鑑三が「天道」「人道」の自覚と言ったのは、この辺の事情でしょうか。
 預言者ヨエルはいなごの異状発生による荒廃の中に神さま警告を聞きとり、悔い改めを説きました。このままでは破滅だと人々に訴えました。アッシリア・バビロニアと続く世界支配はユダヤにとっていなごの大群による不毛の地と化した難事を写出していました。ヨエルは「自覚」を促すよう神さまからの大事なメッセージを伝えたのです。危機打開の道は真の悔い改めです。それは「神に立ち帰る」ことです。神さまの愛と恵みに満ち、憐れみ深い慈しみに信頼することへの自覚でした。