2011/11/09
【聖書】コリントの信徒への手紙二5:18
スカンジナビア諸国のルーテル教会は、古くから日本伝道に協力して来ましたが、昨年12月スウエーデンで自爆テロが起こり、7月22日にはノルウエーでテロによる77人が犠牲になりました。「穏やかで、平和で寛容な」美しい福祉国家北欧に悲しみが走りました。
9・11とは違って、表向きは普通の青年で過激派にも属さない青年が捜査網をすり抜けてテロに及ぶ「一匹おおかみ」の脅威を見せつけたのです。悲しみが包む中、ノルウエーのストルテンベルグ首相は「さらに寛容な社会をつくる」と宣言、テロを前にして憎む相手を探すのではなく、国民が結束してより良い社会を目指そうと方向を示しました。多様な民族や文化の共存、再生の大事な指針とも見えます。
9・11から10年がたちました。悲しみと憎悪とそれを乗り越えようとというひたむきさの中で、前米国務長官ライス氏は「地球上で最大の武力と経済力をもつ米国が、破壊的な攻撃を受けた。実行したのは国家をもたない過激派組織で、アフガニスタンの国土から指揮されていた。私たちは根底にある原因について何度も考えた。9月のよく晴れた日に飛行機をビルに激突させるほどの憎悪を生んだのは、一体何なのだろうか」と振り返り、2002年国連でアラブ諸国の学者たちによる「アラブ人間開発報告書」の指摘した「人間の自由の尊厳・女性の権利拡大・知識の入手」これらの欠如が、人々の進歩を阻み、人々の心に穴があき、そこに過激主義や憎悪が入り込んだと述べました。なるほど独裁者は政治が公共の場で行われるのを許すことはしません。しかしライス氏は続けて「9月11日は、敗北や弱さや、世界超大国の没落という考えを思い出す日ではない。悲劇と勝利の中で力を結集し、自由が世界に広がることを宣言する日である」と述べたそうです。
遭遇した「悲劇と困難」を積極的に位置づけ、方向を常に示してきたのは聖書でした。その務めへの呼びかけに今一度聞いて行きたい思いです。
