2011/12/02 -1

【聖書】使徒言行録16:10

 ルーテル教会が日本伝道のためにアメリカのルーテル教会から最初の宣教師J・A・Bシェーラーが派遣されたのは1892年2月のことでした。毎年記載されてはいませんが、この時を記念し、今年2月12日は「JELC (日本福音ルーテル教会)宣教の日」とあります(2012教会手帳参照)。
 最初の伝道地として選ばれたのは九州の佐賀でした。二番目に派遣されたR・B・ピーリー宣教師(1892年11月)は、シェーラーと合流し翌年1893年4月2日復活日礼拝が佐賀で守られました。この日は「JELC(日本福し音ルーテル教会)宣教開始記念日」としています。
 ピーリーは佐賀が伝道地に選ばれた経過の一つに「佐賀の公立学校の英語教師として就職していたブラッドバーリー博士がシェーラーに手紙を書き、佐賀がよい伝道地で必要なところだと説明し来るように求め」たと「日本伝道開始の記録」に記しています。
 佐賀郷土資料館にある17世紀初頭の地図には南蛮寺(教会)が記載されていますが長崎と福岡を結びキリシタンの交流も大きかったようです。当然のことながらキリシタン迫害期の信徒が残した信仰の証の記録も見ることができます。長崎に隣接した佐賀藩は1850年西洋式反射炉と「大砲鋳造所」を建設、激動期に時代の先端を行く一面をもっていました。
 マケドニヤの声はさまざまな時代環境の中で生きる人々の魂の叫び、祈りがあったと思います。それは今なお祈りの内に小さく大きく響いてくる声のようです。マケドニヤの声を受け止め応えた先人を覚えたいと思います。