2008/08/05 -2

【聖書】ヨブ記38:31~32

 家族と一切の所有を一夜にして失い、自身は全身重い皮膚の病に冒されるという苦痛の中でヨブは「わたしが生まれた日は消えうせよ(3:3)」と神さまに訴え、何故善良な者が苦しみ、悪が栄えるのかと世の不条理を問い続けました。
 医師のキュープラーロスが小児癌で亡くなった男の子ダギーの「命ってなに」「死ってなに」と言う質問に答えた手紙があります(ダギーへの手紙)。「タンポポの種が風にふかれて方々に落ちるように、わたしたちはいろいろな人生があります。住みよいところ、とても住みにくいところ、長い人生、短い人生があります。しかし神さまの愛は大きい者にも小さい者にも同じように注ぎ包んでいます。船が水平線の向こうに見えなくなっても、船が消えたのではなく見えなくなっただけです。信じられないほどの神さまの大きな愛に包まれるのです」と暖かい言葉が祈りのように聞こえます。
 世のさまざまな出来事はすべてが直接我々の責任ではないと思います。ましてそのすべてを正しく解釈し解決することは到底望めません。しかし身近に起こる大小の課題と真面目に取り組み解決を真実に求めていこうとすることは創造の神さまの支配のもとに愛に包まれて生きたヨブの姿勢であり応答ではなかったかと教えられる思いです。