2008/08/06 -2
【聖書】マタイによる福音書16:3
所謂戦中戦後と言われた時期「日支事変、第二次世界大戦の進展に伴って有料の入居希望者多く一人一室の家屋を増設して入居開始」。1949年「終戦後の生活難、住宅難のため入所希望者が増加したため、約55坪の新築と10坪の改築をなし、収容定員を55名した。また500坪の農地を与えられ、自活の一助とした(保谷教会50年の歩み参照)」とありますが、当時の東京老人ホームの職員一同の言い知れないご苦労が偲ばれます。
1955年神学校を卒業した私は、山口県三田尻(現防府市)の開拓伝道の任命を受け東京を離れることになりましたが1952年国民一人当たりの所得が戦前に戻ったといわれ経済成長の離陸と急上昇をはじめる頃です。「神武景気~岩戸景気」と騒がれ「マイカー」「ストレス」という流行語を生み、「使い捨て」「飽食」「地球まるかじり」時代の台詞が流行りました。時のしるしでしょうか。
1955年日本福音ルーテル教会の定期総会では新しく教会憲法を制定し第二次大戦後のいわば復興期から体制を整え組織的宣教活動に踏み出すことになりました。自給 5ヵ年計画・海外ルーテル諸教会との伝道協約・地区会から地方部会組織の結成・日本福音ルーテル教会創立60周年記念事業・そして四国伝道の決定・電波伝道の開始・信徒会結成と言う歩みを踏まえてのことです。
保谷教会が(旧)会堂と牧師館を現在地に与えられ、献堂式が行われたのは1960年12月20日ですが1950年代から1960年代にかけての社会の動向と活気に満ちた教会活動が背景にありました。この時代に「伊勢神宮国家保護」「靖国神社国家護持」「建国記念日」などの法案に反対声明を公にし時代の流れに注目したことは「時のしるし」として記憶に留めたいことの一つです。
