2009/09/06 -1

【聖書】コヘレト3:11

 1859年の横浜開港を記念する行事が行われていますが、日米間の通商を開こうと1853年6月3日、琉球(沖縄)を経由し浦賀に来航した黒船は当時日本社会にとっては大きな衝撃でした。翌年来航したペリーは「日米和親条約」を結び、日本は「開国」に向かうことになりました。
 それより以前1837年5月遭難漂流し救助された日本人船員3名を日本に送還するため江戸湾に入ったモリソン号は砲撃にあい止む無く退去しました。このことは三浦綾子著小説「海嶺」で触れていますが、1835年3名の船員「岩吉・久吉・音吉」はギュツラフがマカオで完成した最初の日本語訳聖書ヨハネ伝翻訳に貢献しました。
 また、ペリー艦隊の乗り組み員の一人ゴーフルは途中立ち寄った琉球で宣教師ベッテルハイムの聖書翻訳の働きに感銘を受け宣教師となり1871年日本最初のマタイ福音書を出版しました。キリスト教禁制の時代のこのとき一緒に協力したヘボン(ヘボン式ローマ字)とブラウン(英和俗語辞典)がいました。ヘボンとブラウンは1872年マルコとヨハネ福音書を、翌1873年マタイ福音書を木版出版しました。
 思うにペリー来航以来横浜開港をはさんで150年の歴史は喜びと悲しみ、不幸と悲惨と共に多くの人々と出来事を通しさまざまなことを残してくれました。神さまのご計画でありお導きでしょうか。私たちの「今」という時はこうした人々と出来事に無関係な「今」ではないと思います。神さまの時宜の内にあることを感謝して覚えたいと思います。