2009/09/11 -3
【聖書】エフェソの信徒への手紙2:14~16
「人間の作ったもので、どんな堅固なものであっても壊れないものはない」と東西を分断したベルリンの壁について語ったのは当時西ドイツのワイツゼッカー大統領でした。それから4年後の1989年11月9日東西冷戦の深刻さを物語ってきたベルリンの壁は開放され、市民の手で打ち砕かれ、同年12月の米ソ首脳会談で「冷戦終結」が宣言されました。しかし、20年後の今日、ドイツのメルケル首相は米議会で演説し、米欧で対応の足並みがそろわない地球温暖化問題を「21世紀の壁」と呼んだと新聞の社説で触れていました。
現代人を「孤独な群集」と表現した学者がいますが三浦綾子の作品に「石の森」というのがあります。豊かさを求めてきた代りに私たちはどこかに「協同・共生」を忘れてきた。孤独な人間の群れは、深い森のように思われる。しかもその森は木の形をしていながらみんな石でできている。ひんやりとした冷たい石と気がつかないけれど見えない壁がお互いを分断しているさまを述べています。そして「本当に生きる」ということは「優しさ」「愛」によって造られるものだといっています。
宗教が人間の対立の解放者とならない場合には、かえって対立を最も深刻なものにします。
歴史はこの深刻な対立の悲劇を今なお語り次いでいます。イエス・キリストはこの対立の壁の只中に入ってこられました。人間と人間・神と人間との対立を和解に導くためです。「二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊す」ためです。「折中妥協」ではないのです。キリスト御自身が愛のゆえに肉を裂き血を流し傷つく「十字架による和解」です。
「隔ての壁」は取り除かれたのです。空の色と不調和な色があるだろうか。山も建物も木も花も人間も電柱も雀も鴉もなんと空の色に調和して美しいことだろう。空の色はすべてのものを受け入れ、すべてのものの本来の美しさを引き出してくれる。言ってみればそれは「愛」と言っていい(三浦綾子「この病をも賜ものとして」)そのことに早く気づきたいと思います。
