2010/10/09 -2

【聖書】マルコによる福音書5:41

 少し前のことですが、フランス映画の「ポレット」を見ました。たまたまテレビで見かけたので一部に過ぎませんが母親を亡くした幼い少女ポレットが母親の姿を求めて「タリタ・クム」と口ずさみ一人遊ぶ姿は痛ましいかぎりです。「タリタ・クム」というのは、重病に冒され亡くなった少女に、救い主イエスが命を与え、起こされた時口にされた言葉で「少女よ、さあ、起きなさい」と言う意味です(マルコによる福音書5:41)。友だちの少女に「死んだ人が生きるようになる言葉」だと教えられポレットは亡くなった母親を思い、寂しくなると口にして自分を慰め、労わり励ましていました。
 父親は仕事のため、幼いポレットは寄宿学校で生活していました。母親の墓地は学校に近い丘にありました。朝早く寝床を抜け出したポレットは母親の墓地に急ぎました。小さな手で土を掘り返していると後ろから「ポレット」と呼ぶママの声がしました。「ママ」と叫ぶポレットに「パパと仲良くするのよ。そしてママのことも忘れないで、さあ行きなさい。パパが迎えに来るわ」。捜しに来たパパにポレットは笑顔で「ママとお話しできたの。皆と楽しむことを学びなさいって」といいました。ポレットは、いつも口にしていた「タリタ・クム」という言葉の本当の主の声を聞いたようです。過去ではなく、時間を先に進めてもらったポレットがそこにいまた。
 主イエス・キリストが復活された日の早朝婦人たちは十字架の主イエスが葬られた墓に向いました。そこで耳にした天使の言葉は「あの方はここにおられない。復活されたのだ」と言う言葉です(マルコによる福音書16:1~7)。主イエスの十字架の死によって時間が止まってしまったような弟子たちと婦人たちでした。彼らは止まった時間から、共に過ごした過去を振り返りやっと立っているようなものでした。主イエスは時計の針を過去に戻すのではなく先に進められます。死によって時間が止まるのではなく、「タリタ・クム/起きなさい」と復活の新しい命に向って進められるのです。