2010/10/11 -4

【聖書】テサロニケの信徒への手紙一5:10

 信仰が眠ってしまったような気になることがあります。イエスさまは「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。(マルコ14:38)」とペトロたちに告げておられます。私の信仰生活はスランプ状態ではないか、眠っていないかと心配することが再々ありますが、イエスさまの愛の慈しみ深い眼差しは、わたしたちの現実をよく知っておられます。
 インドに伝わる例え話「猿の子と猫の子の話」を昔聞いたことがあります。「猿の子は母猿にしっかりと、落とされないよう全力でしがみつき移動します。木から木へと渡り歩く母猿は、子猿を抱いているわけにはいかないからです。ところが子猫は移動する時、母猫がしっかりと銜えて移動するので子猫は少々眠っても落ちることはありません。信仰は自力で努力し神さまにしがみついていくと言う猿の子式ではなく、目覚めていても眠ってしまったとしても、銜えて移動する母猫に全面的信頼をおく猫の子式だ」ということです。
 パウロが、キリストの十字架の贖いの死は、私たちが目覚めていても眠ってしまったような、たとえスランプのときでも、主と共に生きるように大きな恵みと愛そのものだと言う神信頼の言葉は本当に救いであり力つけられます。