2008/08/05 -1
【聖書】ヨブ記29章3節
聖書日課によるヨブの回想の言葉です。何事もうまくことが運ぶように見える時には、たとえ神さまが沈黙されていたとしても私たちは、神さまに導かれているように思います。しかし、逆境の中では何故と問い、神さまの導きの中にあっても神さまは沈黙していると思いこんでしまいがちです。ヨブが最終的に訂正を迫られた課題でした。
最初のキリシタン大名となった大村純忠が洗礼を受けたのは1563年のことでした。反キリシタン武士たちの反抗も熾烈で純忠も窮地に立たされた時期もありましたが長崎港開港発展や天正遣欧使節派遣などの働きはよく知られています。1582年には大村領のキリシタンは6万人を越えたといわれます。神さまの導きを感じます。
しかし、秀吉の禁教令によるキリシタン弾圧が大村領に及び4人の神父が殉教しました。彼らは1617年5月15日聖霊降臨日に牢内でミサを守り、次いで22日三位一体祝日のミサが最後となり斬首殉教したと伝えられています。厳しいキリシタン迫害の歴史は悲惨な暗雲が覆う中に神さまのみ手の導きを見て「おびただしい証人の群れに囲まれてる」力を覚えます。ヨブ記の課題は今なお私たちに信仰の大事なメッセージを伝えているようです。
