2008/08/09 -1
【聖書】ローマの信徒への手紙13:11
「地域教会となる」ことは自給教会として歩みだした保谷教会の希望でしたが地域社会は概ね20年前後で変化していくそうです。20年もすると住民の世代交代期に入り、移動或いは「核家族化」が起こるからです。所謂戦後から20年の1965年前後「マイホーム主義」が流行「マンションブーム」がおこりました。「教育の爆発」といわれ、大学生数は百万人を突破、中教審(中央教育審議会)は「期待される人間像」を発表しました。時局をどう捕らえ対処するかが問われた大事な時期だったようです。
ある映画監督が「人生にとって変わらない風景があることは大事」なことだといっていますが、私たちはどのような風景を描いてきたのか、描こうとしているのか、また残そうとしているのか課題は大きいと思います。「塩」はとけて自らの存在が見えなくならないと味を残すことは出来ません。「光」は自らの存在が闇の中に溶け込んでしまったら光の持つ役割を果たせません。たとえ小さくても光は光として自らを燃焼しつつ自らの存在を示す時、闇の中にあって周囲を明るく照らします。地域社会に生きる教会信徒の姿でしょうか。
保谷教会では青年会が榎本兄を中心に「イワンデビソニッチの一日」の読書会が始まり、婦人会の働きとしては島田養育園の共同作業奉仕に着手、翌1976年に三五夫人による「くるみ会」はヘンシェル先生の指導により島田養育園入所者の社会対面が行われました。また中央線沿線地区諸教会の交流を深め、甲信地区教会との具体的な宣教協力も着手されました「保谷教会30年記念誌」。
