2009/09/06 -5
【聖書】エゼキエル書18:31
太平洋戦争の末期沖縄で日本軍による組織的抵抗が終わったのは1945年6月23日でした。「鉄の暴風」と形容される悲惨を極めた3ヶ月間の犠牲者は県民と将兵20万人を越え県民4人に1人を数えています。沖縄本島南端には犠牲者の名前が刻まれた「平和の礎」があります。見学し大きな衝撃を受け「戦争は人が人でなくなるという意味が分かりました」という修学旅行生徒の声を新聞は紹介していました。
中学の時同級生の宮城君は沖縄で家族を失い、悲しみに耐え親戚の家で戦後が始まりました。しかし半年後家族を奪った沖縄を忘れられず帰っていきました。「沖縄慰霊の日」が来ると宮城君の消息と共に辛い思いが残ります。沖縄県の面積は日本国土の1%にも届きません。しかし、日本国内の米軍専用施設の75%が集中する現状を聞きますと何か異常さを覚えます。
1963年大森教会に赴任したとき、卒業した小学校の旧友の消息を尋ねてみました。驚いたことには学年の十数名のほかは全員消息不明でした。その時偶然クラスメイトの遠藤君とであいました。おとなしく小柄ですががっちりした体で怪力だった彼はいつも相撲大会の優勝候補でした。一緒に少年倶楽部を読んだり探偵ゴッコなどをして遊んだ仲間でした。私は剣道の対校試合で大きなドジをして敗退し、ひどく先生に叱られたとき遠藤君は同情し慰めてくれました。
遠藤君のご両親はそのころサイパン島で仕事をしていましたが1944年6月末戦闘中に亡くなったという知らせを受けたそうです。貴重な出会いから10年後の1974年遠藤君は石垣島で事故にあい亡くなったと悔いを残しつつ聞いたのは6月のことでした。「どうして死んでよいだろうか」。福音としての神さまの深い愛の痛みに背負われ支えられるより他はありません。
