2009/09/09 -2

【聖書】ローマの信徒への手紙12:9・10

 わたしたち人間関係の中で互いの情報の伝達に広義の意味で言葉の果たす役割は大きいと思います。これはコミュニケーションと言う言葉でおなじみですが、ある人は10言っても1しか通じない直線型と、1を聞いて10を知る円形型があり、昔から好まれてきた形は円形型コミュニケーションである。今日では次第に直線型に変わり、うまく話がかみ合わなくなってきたのではないかと言っています。
 例えば「いい車ですね」という褒め言葉に「有難う」と答えるのは直線型で、「ローンで買ったので苦労しています」とこたえるのは円形型。しかし、これは直線型にとっては必要のない無駄な答えなのです。つまり「わたしにとって関係ない」答えであり必要ないことなのです。従ってそこで話は途切れることになります。十人十色の人間関係ですからいろいろな反応や形があって当然ですが発信する側も聞き手となる側も、お互いに気配りはとても大事なことかと思います。
 「兄弟愛をもって、互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい」(ローマの信徒への手紙12:9・10)と使徒パウロは教えています。互いに「相手を認める」ということでしょうか。仲間内や利害得失からではなく隣人として互いに認めあうことは愛なくしてはできないことです。愛は相手のよいところを見ていきます。相手の傷や痛みを包み共に担おうという優しさを生み働きます。尊敬の思いをもって喜びも悲しみも分かち合いたいと思うものだと聖書は語りかけています。
 身近な夫婦・親子・兄弟関係という家族のコミュにケーションの中から互いを認め互いの長所、それは性格や微笑みであったりお料理であったり、器用さや言葉使いであったりいろいろあると思いますが、それらを発見し認めて交わされる日常の生き方を聖書は教え語りかけています。これはわたしたちにとって優しい眼を養う心の教育ということでしょうか。