2009/09/10 -1
【聖書】マタイによる福音書18:20
「仲間はずれにされるのが怖かった」と、言うところの「いじめ」の少年の言葉がありました。仲間はずれにされることは寂しいし嫌なことです。そのことが別の深刻な「仲間はずれ」をつくっていることも怖いことです。少し前のことですがデンマークのカーリンという娘の物語で「他者」という小説をよんで考えさせられたことがありました。フランスの作家ジュリアン・グリーンの作品です。
第二次大戦下ドイツ軍がデンマークに侵攻したときカーリンはドイツ軍将校を相手に生活を営んでいました。ある日カーリンは海に落ちて亡くなりました。人々は良心の苦悩から自殺したといいましたが、事実は人々からの冷たい仕打ちにあい、追い詰められて海に落とされたのでした。彼女は教会に行きますが告解室も素通りしてしまいます。だれか声をかけ聞いてくれたら彼女の人生は変わったいたかも知れません。
かつては親しかった町の人々は彼女をうわさし、中傷し、責めることはしても一言の声をかける人はいなかったのです。こうしてカーリンを「他者」として「仲間はずれ」にして追い詰め、追い込み、海に落として殺してしまったのです。そんなことはしてはいないとは言えない自分の姿に唖然とし、カーリンのように傷つきつつ戦い孤独を生きる人々は多いのではないかと深い反省を迫られ思いがします。
イエス・キリストは心の痛みや傷ついて悲しむ魂の叫びを聞いてくださいます。肩を寄せ合い、二人で、三人で主イエスに祈るなら「わたしもその中にいます」と教えてくださいました。わたしたちの思いや知恵をはるかに超えて神さまは必要なものを、必要なときにきっと備えてくださいます。神さまはきっと私たちに互いに声をかける機会をそなえ、私たちを用いて共に祈る機会を与えてくださいます。
