2009/10/04 -2
【聖書】ガラテヤの信徒への手紙3:1
「子どもが自由に描いた絵には心のおしゃべりが表れます。子どもたちの描く絵に最近変化が感じられます。たとえば、画面の中に人物や動物などのモチーフをポツンとひとつだけ表現し、背景など描かない子が多いのです。以前は子どもが友だち遊びや集団生活を体験すると、絵の中には複数のモチーフが描かれていたものです。そのような人間関係を感じさせる表現が減少しているのです。子どもの生活にも人との関係から孤立した空疎な環境が拡がっていることを感じさせます。」と末永蒼生は著書「絵が伝える子どもの心とSOS」で書いています。
以前、幼稚園や保育園の子どもたちと過ごすことが多かった時のことです。「先生これ何の絵か分かる?」と一枚の絵を持ってきた子どもがいました。紙に描かれた絵は赤い点を中心に色々な色の線が無造作に見えるように描かれていました。「何だろう。昨日見た夢のお話かな?」正直、困った私は問いかけるように言いました。「これはね、テレビを消したときの絵だよ。もっと見たかったのに」という言葉が返ってきました。
なるほどテレビを消したときの残像のゆがみか、残念な思いのつぶやきか描き出されているように見えました。その絵には子どもの体験と「心のおしゃべり」の一つの物語があるのです。その時わたしは何か大事なことを教えられた思いでした。子どもの「心のおしゃべり」をどれだけ聞き逃していたか、そのために子どもの心を孤独にしてきたか考えさせられたからです。そして私たちは人間関係の中でどれだけ互いに心のつぶやきに聞くことに疎かったか反省を迫られた思いでした。
聖書には大事なことが「示され/描きだされ」ています。それは十字架のイエス・キリストです。使徒パウロはガラテヤのキリスト信徒に宛てた手紙でそのことを指摘しました。そこには「独り子をお与えになったほどに、世を愛され。独り子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るため(ヨハネ福音書3章16節)。」という神さまのメッセージがあるのです。神さまの愛は私たちの心のSOSを聞きイエス・キリストによって福音のメッセージを実現してくださいました。
