2009/10/04 -3
【聖書】ヨハネによる福音書13:10
ダビンチの有名な絵に「最後の晩餐」があります。救い主イエス・キリストが十字架につけられる前に弟子たちと囲まれた「過ぎ越祭」の食事です。ヨハネはその時イエスさまが、埃に汚れた弟子たちの足を一人一人洗い拭われたことを記しています。弟子たちは恐縮し、戸惑いました。弟子が師の足を洗うのなら分かりますが、師が弟子の足を洗うとはありえないことだったからです。そして、足だけでなく全身を清くされたいと心からの思いを伝えました。イエスさまは「足だけ洗えばよい」と答え「あなたがたも互いに足を洗い合う」よう教えられました。
誰もが覚えたい心に滲みる教えであり光景であると思います。このイエスさまの言葉には「癒し」という意味の英語のヒールの語源であるギリシャ語のホロス「全体」という言葉が見られます。鎌田 實先生(諏訪中央病院名誉院長)は「本当の「癒す」ということは語源ホロスにあるように、どこか具合が悪いところだけを治療するのでなく具合の悪いところのある丸ごとの人、あるいはその人と一緒に生活している家族、家族が生活している地域まで見て、本当に癒すということが完成するのかなと思います」と話していました(NHKラジオ深夜便こころの時代)。
以前寝たきりの夫の介護に生きる老夫人が「私は介護に苦労しているとは少しも思いません。この人が生きていてくれるだけで感謝です」と語る笑顔に感服しました。そして、そこまでに、どれほど厳しい過酷な道程があったかを痛感すると共に、イエスさまの「癒し」が十字架の相のもとに一人一人の人間の全体に目を向け、魂に、あるいは優しさに目を向けた全身の問題であった(ヨハネ福音書7:23)ことを思い、わたしたちはいつどこででも、このイエスさまの眼差しと癒しの中にあることを忘れてはいけないと思いました。
