2011/11/05 -2

【聖書】箴言23:17・18

 通常の災害は一定の場所、一定の時間、一定の社会グループに限定されますが、原発事故はそうではありません。被害の広がりは険しく世界に及び、社会グループも拡大し、時間も世代を超えて複雑・長期に影響を与え続けます。
 「想定外」という言葉が東日本大震災の災害について当然のように目にし口にされてきました。しかし「想定外」とは文字通り夢想だにしなかったことではなく、逆に本来身近なことを「なかったこと」にすることではないのか。「想定外」とは事実認識のエラーというより、私たちの態度の問題なのだと矢守克也氏(京都大学社会心理学)は指摘しています。また「この災害にとって自分は第三者なのか当事者なのか、後者だとすればいかなる意味でそうなのか」。これは、今、私たち全員に突きつけられた課題でもあるという指摘(「噴火のこだま」九州大学出版会)は、これからを考え行動する出発点を示唆する大事なことだと思います(朝日新聞ニュースの本棚)。
 保谷教会では、現地で献身的奉仕に従事するボランテアの方々に感謝し、学びつつ、私たちにすぐ出来るところからと義援金や支援物資の発送に併せ「共同の祈り」を通して「私たちの悲しみによる連帯が子どもたち被災者の人生に神の愛を実現させますよう」神さまの導きを祈り、先週チャリテイコンサートを開催し支援に協力しています。そして、一日も早い「立て直し・復旧」を願い「復興」への槌音を感じています。