2009/09/08 -1
【聖書】マタイによる福音書5:9
教会手帳の8月2日(日)は「平和主日」とあり聖書特別日課が組まれています。第二次世界大戦に関わる忘れられない大事な月であるからです。一瞬のうちに悲惨を極め、多くの犠牲者がでた広島(6日)に長崎(9日)の原爆記念日があります。また「大日本帝国」の終結を告げる敗戦を迎えた15日。平和に思いを馳せ、戦争犠牲者を偲び、戦争の世紀といわれた歴史を振り返り真に平和を造り出すことを考えるときだと思います。プラハでオバマ米国大統領の「唯一の核使用国としての道義的責任」に触れ「核兵機のない世界を目指す」という宣言は記憶に新しいことです。
新聞に自作の紙芝居で戦後シベリヤ抑留の苦難を伝える成田さんが紹介されていました。40枚の絵の終わりに「日本に帰ってうれしかったのは、戦争をしない国になっていたことだった」と話を結んだそうです。考えさせられる戦後64年です。保谷教会では平和日の礼拝で平岡牧師の力強いメッセージに接し、午後は定例の婦人会・壮年会が開催されました。
北海道の教会で働く機会を与えられたとき、北海道とキリスト教の歴史を辿ってみました。1587年の秀吉による「バテレン追放令」によりキリシタン弾圧が始まり、1614年家康による「禁教令」となりますがその年松前藩に招かれた医師コスタンゾが北海道に渡ったキリシタンを訪ねたのが最初の接点のようです。その後1620年8月5日カルバリヨ神父が松前藩の金鉱で働くキリシタン(1616年頃京都から津軽に追放されたキリシタンが松前藩金鉱に向かう)と最初のミサが守らたと報告されています。カルバリヨ神父は1624年広瀬川の河原で殉教しました。
暑さと共にさまざまな出来事を思い起こす8月を迎えました。「平和主日」のメッセージが平和を造り出す者の輪を少しづつでも広げ強められるよう祈ってやみません。この日の聖書第一日課には「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げずもはや戦うことを学ばない」とあります。ミカ書4章3節
