2011/12/03 -3
【聖書】申命記31:23
子どもたちは大人や教師たちが本気かどうか見ている。本気な大人や教師を待っていると話してくれた先生がいました。「中学生日記」に見る卒業式を控えたある中学校のいじめにあう生徒と教師をめぐる出来事です。一人の生徒手帳には「中学の三年間は最悪だ。繰り返されるいじめにあいもうたくさんだ。すべてを終わりにしよう。卒業式の日に死んでやる」とその方法まで詳しく日記に書いてあった。真面目に熱心にクラスの指導に当たっていた担任の教師はそんな生徒の深刻な悩み苦しみに気づかなかったが偶然手帳を目にして衝撃を受けた。どんなに悩み苦しんだだろう。「15歳やそこらで死のうと考えさせるとは一体何が、生命を絶とうなどと思わせていいのか」。
2009年郵便不正事件で起訴され無罪となった村木厚子氏は「辛く苦しい立場におかれると、その立場に固定化されて心が動けなくなることがある」と言っていますが、担任の教師は生徒と向き合い、家庭と向き合い、クラス全体と向き合い教師たちと向き合い皆そろって卒業式を迎えられるよう奔走しました。無視され、反対されても耐え必死に向き合って話し合った。生徒は担任の教師に言った。「いじめはなくならないと思う。いじめる人は自分が弱い者をいじめてるとは思っていないから。だけど僕は今一人じゃないと言ってくれる人がいる。僕のことを誰かが見ている。それが分かったから生きていこうと思う。」と。卒業式当日変則的ではあったがクラス全員で互いに祝福しあい卒業式を迎えました。「いつも共にいるよ」と語りかける神の言葉こそ大きな支えです。
