2008/08/06 -4

【聖書】エレミヤ書6:16

 エネルギーの主役が石炭から石油に代わり1950年代末から社会は都市化・産業化が急速に進行しました。石油コンビナートが太平洋ベルト地帯を形成し人口は過密化傾向一方炭鉱の相次ぐ閉山と過疎化の進行から有形無形の歪が見え始め「安保問題」が問われ教会は宣教計画に関わる射程が問われたのではないでしょうか。
 1962年初夏大内弘助牧師(故)は主日礼拝後、東京老人ホームを訪問し病床にある信徒と聖餐を共にすることを教会役員会に図り早速ヘンシェル婦人宣教師(故)、神学生、教会役員を伴い施設長松永チマ先生を交え主日礼拝後の病床聖餐が行われるようになったと古財徳夫兄は30年記念誌に記しています。
 日本福音ルーテル教会にとって1963年は一つの節目となった時期でした。海外のルーテル諸宣教団体はそれまで宣教協約により伝道地を受け持ち活動していましたが、これからは新しく日本福音ルーテル教会に合同し、組織・行政等一本化するという「合同総会」が開催されました。協約による伝道領域は東(含北海道)・東海・西・九州教区を形成することとなり、日本伝道を支援する海外諸教会も日本伝道協力として窓口を一つにしました。またブラジル伝道の開始やルーテル神学校の4年制大学改組認可はこの時期です。悲惨なベトナム戦争もこの時期始まりました。
 1965年から66年にかけて「大伝道計画」が実施されました。聖書研究運動・ルーテル教会の存在意義・礼拝における一体意識を主旨としたものです。また並行して「全国レベル開拓伝道計画」が立てられました。土地・会堂(多目的)・牧師配置を同時実施する思い切った計画です。北九州黒崎・四国高松・岡山・八王子・北海道釧路の5箇所で着手されました。