2010/11/01 -4

【聖書】ガラテヤの信徒への手紙5:22

 「人間は社会的動物である」というアリストテレスの有名な言葉があります。私たちは人との関わり・つながりにおいて生活していかざるをえないということでしょうがいつしか「匿名性」の暗い霧が立ちこめ「孤独から孤死」という記事を見るようになっています。
 不思議な老人の力によって富豪になる機会を与えられながら三度目には「お金はほしくない」と杜子春は断りました。「贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです」とつんけんどんに言いました。何かを失った人間の関わりあいに対する不信です。どこで間違ったのか手段が目的となってしまったような関わりあいへの問いかけです。神さまの愛は救い主イエスさまによってそこに揺さぶりをかけます。真の愛へと回復されます。
 真の愛の関わりは他人を利用できるだけ利用して利用価値がなくなったら切れてなくなるようなものではなく、逆にどこまでも利用されあう関係だといえるかも知れません。使徒パウロは「愛の律法を全うする」よう「互いに重荷を負いあいなさい」(ガラテヤの信徒への手紙6:2)と勧めています。愛の絆によって結ばれる世界です。ここには「喜び・平和・寛容・親切・善意・誠実・柔和・節制(ガラテヤ5:22)」などの実を結びます。私たちを愛してやまない主イエスにおける神の愛に導かれ私たちはこの実りに隣人と共に与りたいと思います。